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  • INTERVIEW

about TARO KARIBE

今シーズンのシーズンヴィジュアルに使用された苅部 太郎さんに作品「INCIDENTS」に関して、アートに対する考え方などをインタビューをさせていただきました。

 

about / 苅部太郎

1988 –

愛知県生まれ。南山大学人文学部心理人間学科卒業。在学中に英国留学・南アフリカ共和国で国際NGOの感染症コントロール計画で研修。卒業後、金融機関勤務。2015年に写真家として独立。遠隔通信技術としての写真装置と社会的現実をもとに、「自他の境界の揺らぎ」、「時空的に遠く離れた他者」についての作品を制作している。作品は国際的に高く評価され、国内外のさまざまなメディアに作品が掲載されている。主な受賞にPDN Photo Annual(米)、主な展覧会に「Age of Photon/INCIDENTS」/IMA gallery(東京)や「Saori」/Head On Photofestival(オーストラリア)がある。

>>公式サイト

 

ー今回の「INCIDENTS」とはどの様な作品ですか?制作に至った経緯やその手法を教えて下さい。

まずタイトルのINCIDENTSは「偶景(偶然できた景色)」という意味だったり、何か意味を持つアクシデントになる前の状態という意味があります。
人は世界で起きている出来事を、解釈や意味付けで切り取り認識しています。でもそれをする前の曖昧で混沌とした状態があるはずです。人間の認識から自由になった偶有的な状態。そんな曖昧な世界を表現した作品です。コンセプトを着想した時はトランプ政権が発足後のニューヨークにいたのですが、フェイクニュースが頻繁に流れるメディアや、
SNSでのフィルターバブルの広がりに嫌気がさしていました。現実は複雑かつ曖昧で白黒つけられないはずなのに、メディアで流されている強引に分かりやすくされたストーリー、一方的に切り取った話を自分自身もまた盲目的に信じてしまっていたことを改めて思い知らされたんです。そんな現代の状態について考えたかったのがきっかけです。手法に関してはデジタルTVの受信部分に接触不良を起こし、グリッチというノイズを発生させています。壊れた映像を撮影し、さらにトリミング、回転を加えて元の状態をより分からなくしました。同じ1枚の画でも、実際人によって「見えるもの」が違って、たとえば食器が見えると言う人もいれば、お城が見えるという人がいます。それぞれの個人にとってはリアルだけどお互い共感できない状態を表現していて、そもそもが無意味な映像から人は何を見出すのか探る試みをしています。

 

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「INCIDENTS」

 

苅部さんは今に至るまで、金融機関勤務や、フォトジャーナリストなど、珍しい経歴をお持ちですが、写真家を志したきっかけは?

まず写真に興味を持ったのがロバート・キャパやジェームズ・ナクトウェイなどの戦場カメラマンの写真を見たのがきっかけですね。どれだけ言葉を尽しても伝えられない情報や感情を写真に詰めて伝えられることって重要な仕事だと思って憧れていました。でも実際に仕事を始めてからは、「現場で起きていることを自分が伝えたい」という気持ちは次第に消えていきました。バイアスのかかった自分の主観で切り取ったことを本当に伝えてしまって良いのか、そもそも伝える意味について分からなくなったんです。それよりも自分の目で現場の状況を知ること自体の意味を確かめたいという気持ちが強くなって、何か具体的なストーリーを伝えたいという気持ちは希薄になりました。それもあり、フォトジャーナリストの仕事は今ではあまりしなくなりました。もちろん大前提として、混沌とした世界を整理したり、誰かの声を他者に伝えたりする報道システムは社会に必要です。 ただ、自分は少し違う道を進むべきだと考えた、ということです。

 

フォトジャーナリズムやドキュメンタリー的な作品よりも、今のような現代美術的な作品を撮ることの方が合うと思 いますか?

今の方がより合うっていう感覚は無いですね。自分にも色んな側面があって、何かしらの現場で非人道的な状況があれば取り上げたいと思うし、人がどうやって社会状況を認識するかというような抽象的な事を考える自分もいる。公共的な側面、私的な側面、どちらも自分の一部です。そもそも突き詰めると人間自体が一貫性のない矛盾した存在だと思っていますし、自分自身、いわゆる作品スタイルの一貫性の必要性は感じていません。それよりも作品ごとそれぞれに適切な写真の言語を発明して、可能性を拡げる方が自分にとっては大切です。

 

毎回被写体に対する独特な視点を感じますが、作品のテーマはどのように決めていますか?

今までの作品を振り返ってみると「自分と他者との間の揺らぐ境界」というのが大テーマとして見えていて、それは今まで関心を持ってきた大きな一つなんですが、そのような大文字のテーマを先に据えてから作品を作るということはないかもしれないです。あくまでその時の自分の関心や心理状態、社会情勢からテーマは自然に決まります。また基本的には、一つ作品を作ったら、その作品から重要な何か、関心ごとが次の作品に引き継がれて発展していくというイメージです。

 

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「Letters To You」

 

写真家としての自分のルールみたいなものはありますか?これだけは徹底しているようなことでも。

一つあるとすれば、自分にしかできないことに集中する、というのは課しています。人の個性は過去の経験や環境、資質から人それぞれ違ってくると思うんですが、生まれ持った個性を最大限に活かすことは自分にとっては義務的なものだとも思っています。過去の人達が残してきた技術や社会の仕組み、表現があるからこそ今の自分は生存して考えることができていて、自分にしかできないことをすることで未来の誰かの役に立てればと考えています。

 

今後撮りたいと思っているものや、写真以外でもかまわないのですが、試したい手法や表現方法などはありますか?

手法や表現とは異なるんですが、過去に存在した目撃者に今は興味があります。物理的に離れている誰かに何かを伝える技術は人類の歴史とともにどんどん発展してきて、その行き着いた先に写真があると思ってるんですが、過去に遠隔通信を試みた様々な個人のことを探りたいです。何かを目撃した、ということよりも「目撃すること自体の普遍性」について自分なりの答えを見つけたいです。

 

————例えばどのような方法でしょう?
わかんないですね、正直。笑。実際に何かを目撃した人に同化してみたり、写真なりテキストなりで描かれた現場に実際に行って絵合わせしたりとかでしょうか。
直近では硫黄島の戦闘現場や香港のデモ現場でリサーチをしました。

 

————恐いっていう感覚は無いですか?

基本的にはやっぱり恐いです。危険な現場のスリルを楽しむタイプでは全くありません。それよりも目撃しなければ、という気持ちが強いです。歴史が動く瞬間に立ち会いたい感覚というか。実際に現場の渦中にいると、「嘘のような現実」という非現実感の方が圧倒的に勝るので、その瞬間は恐さは和らぎます。

 

今回、エディションとのお取り組みをどう感じてらっしゃいますか?ファッションという違った分野での作品の露出 をどうお感じですか?

作品は人間のように多面体で、たとえば展示だけが唯一ベストな形とは思っていません。今回の露出やウェブ、作品に関するインタビューなど、色んな人の目に触れることが扉となって世界に繋がっていくものだと思うので、今回ご一緒できるのはありがたく思っています。普段は写真やアートの文脈で発表することが多いので繋がる相手もその業界が中心なのですが、今回は別の全く新しい分野で見ていただけて、どういう反応が来るのかとても楽しみですね。自分にとって作品制作は、世界とコミュニケーションする方法なので。

 

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「Saori」

 

話すのが苦手とおっしゃる苅部さんですが、丁寧に選ばれたその言葉1つ1つに、思慮深さと複雑な心情と、穏やかですが只ならぬエネルギーを感じました。
真実と向き合う真っ直ぐな姿勢、目を逸らさずに複雑さに対峙する強い信念を感じ、更に作品が魅力的に映りました。

苅部さんありがとうございました。

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